がんを生きる人への心理社会的ケア―困難な状況の理解と対応
がん罹患は患者・家族を大きく揺さぶる。それは,がんという疾患自体や治療が罹患部位の喪失や機能低下,および痛みや吐き気といった身体的に苦痛をもたらすだけでなく,「死の恐怖」をベースとする不安や抑うつといった精神的なダメージ,社会的役割および対人関係の喪失や変容,ひいては「その人をこれまで支えてきた価値観やよりどころ」をも揺るがしてしまうことがあるからであろう。
初診断のショックをどのように乗り切って適切な治療を選択するか,どのように治療の副作用や後遺症を軽減させるか,迫り来る不安や気持ちの落ち込みに対処するか,中断を余儀なくされた仕事や社会的役割にどのように復帰するか,「がん患者」という新たに身につけたアイデンティティーとどのようにつきあうか,周囲の人たちとのコミュニケーションをどのように維持するか,どのように揺れる心を守っていくか,再発・転移の動揺にどう向き合うか,死を意識した時にどのように魂を支えるかなど,がんと共に生きる道のりの途上にはさまざまな課題が山積している。
本増刊号では,特にがん罹患の「人間的側面」に焦点をあて,がん罹患が心理社会的側面に及ぼすさまざまな「つらさ」にどのようなものがあるかを取り上げながら,この側面に対する緩和ケアの実践的なアプローチについて考えた。疾患の部位や治療法,患者のライフサイクルやサポート体制が,闘病やその後の生活にどのような影響を及ぼすか,こころや身体の「つらさ」に対するアプローチ,患者・家族を支えるサポート体制などについてなど,執筆者の方々にはさまざまな病期や社会的背景の患者が混在する一般病院やそのスタッフを読者層に想定して執筆いただいた。
マハトマ・ガンジーが「The future depends on what we do in the present(今の行動が将来に結びつく)」と述べているように,闘病早期からの「ひと山乗り越える経験」1 つひとつが,患者・家族にとっても,スタッフにとっても「次のステップ」に向けて役に立つ。常に応用問題を投げかけてくる臨床現場において,本増刊号が少しでも役立つヒントを提供できれば幸いである。
目次
第Ⅰ部 がん罹患の心理社会的側面とその影響
1.こころ・身体・生活・つながり―がん罹患の影響
2.人生の時期と罹患の影響―家族布置の視点を現場に活かす
3.がん患者と家族の心理社会的側面のアセスメント
4.がん患者とその家族を支える「環境」としての医療
第Ⅱ部 各がん疾患の心理社会的側面と必要な支援
1.がん罹患とこころ
2.乳がんを生きる「人」を支えるケア
3.婦人科がん患者への看護実践
4.消化器がん患者の食と排泄に関する苦悩とその支援
5.肺がんの包括的アセスメントから検討するアプローチ
6.泌尿生殖器がん患者の治療法選択とその支援
7.頭頸部がん患者への情報提供とケア
8.血液がん患者の治療への精神的支援とケア
9.皮膚がんの特徴と看護ケア
10.骨転移による多重の喪失体験とその支援
第Ⅲ部 心理社会的ケアが必要なさまざまな局面とその対応
1.こころとからだのつながりとケア .
2.不安・抑うつへの気づきとケア
3.不眠に対する治療とケア
4.死を意識する時―死にゆく人への関わり
5.がん患者の「怒り」の理解と対応
6.「否認」の理解と対応
7.喪失を体験している人へのケア
8.医療者(ケアギバー)のストレスとそのサポート
第Ⅳ部 こころと身体をほぐす技術と実践
1.リラクセーション法
2.補完療法としてのリフレクソロジー
3.アロマセラピー
4.アートセラピー―ヒーリングアートの可能性
5.音楽療法―緩和ケアチームにおける経験を通して
6.認知行動療法
7.聞き書き―「聞く」ことで支える
第Ⅴ部 療養中・療養後の患者・家族を支える
1.サバイバーのこころ―闘病記を読み続けて
2.がん闘病中のセクシュアリティへの支援をめぐって
3.がん患者の就労に向けた支援
―治療担当スタッフに期待すること
4.患者・家族間のコミュニケーション支援
5.患者・家族と医療者間のコミュニケーション支援
6.地域で支える―コミュニティ緩和ケア
7.地域で支える―訪問看護の活用
8.グループで支える―患者サロンによる心理的支援と情報共有