生活臨床と緩和ケア-日常とともにある医療・ケア‐
「生活臨床」という言葉を教えられたのは,臨床心理士の村 & 嘉代子氏の複数の著書からである。被虐待児や加害児,重複障害児との関わりの中で発見されたその言葉は,これから人生を始めていく子どもたちと関わっていく人にとって,中核となる大切な言葉である。と同時に,私たち緩和ケアを日々の仕事とし,人生の終焉を生きていく人たちと関わっていく者にとっても,同じ輝きをもって存在する大切な言葉だと,最近,気づかされた。患者さんやご家族の生活を支えるささいな,小さな気遣いの発見。厚かましくなく,近づきすぎず,遠くなりすぎず,さりげない工夫。
村瀬氏は,深く心に傷を負い,しかも心理的に発達がきわめて遅れている子どもたちに対して,日々の何気ない営みにセラピューティックなセンスがさりげなく込められた,日々の 24 時間の生活を質の良いものにすることの大切さを痛感し,その意味で「生活臨床」と表現した。
患者さんは生活者である。患者さんが病室のドアを開ける。クローゼットに荷物を置く。ベッドに座る。寝巻に着替える。椅子やソファーにも座る。食事が運ばれる。口が痛む。歯を磨く(磨けない)。おしっこをする。うんちがでる。花一輪,きれい。風呂に入る。爪を切る。寝る前に病棟を 1 周してみる―車椅子で,歩行器で,杖歩行で。ベッドに戻り,布団をかけ,枕に頭を乗せる。ラジオから歌や天気予報や日の出,日の入りの時間が流れる。眠れたと思ったのに,眠れない。夜中に目が醒める。看護師が車椅子で屋上に連れて行ってくれる。夜空に秋の星が輝く。患者さんはポツリと語る。過去の思い出も語る,家族の問題もポツンと語る。病室に戻る。枕が高いなぁ,クッションがないかなぁ,布団が少し重
い。「今夜,寝れるかなぁ」。
緩和ケアは工夫のケア。どんなことにもオリジナルな工夫,ささやかな工夫が「いのちのケア」につながっていく。本増刊号では,日常臨床で経験豊かな執筆者に,こうした患者さん,ご家族との生活の出会いの場面の数々を取り上げていただき,いのちを紡ぐ医療,ケアとはどういうものなのかを綴っていただいた。
良い増刊号になったと思う。
第Ⅰ章 生活臨床を考える
1.「生活」に根ざした臨床…村瀨嘉代子
2.生活回診…柏木哲夫
3.「生活臨床」が「緩和ケア」を育てる…徳永 進
4.「日常」という贈りもの…石垣靖子
5.ふつうの暮らしと緩和ケア…川嶋みどり
第Ⅱ章 治療・療養者の日常と生活臨床へのまなざし
1.いちばん大事なこと…細谷亮太
2.なにもなかったから…長石淳子
3.対人援助専門職としての私は,何を大切にしてきたか…奥川幸子
4.緩和ケアをめぐる問題意識…三好春樹
5.家がええ…末永和之,他
6.日常性の延長に見えるセクシャリティ…清水千世
7.被災地の現場における生活臨床と緩和ケアの構築…黒田裕子
8.生きられる時間―瞬間に展開する今から次の今への連続性の保証…田中康雄
9.治療・療養環境と生活を考える―生活援助を通して状況の受けとめを支えていくケア…豊田邦江,他
10.しずかな命に助けられ―緩和ケアと園芸(植物とその育ち)…山根 寛
11.仮設住宅での看取り… 長 純一
12.「おやじ力」をアップさせる! 在宅緩和ケア…宇野さつき
13.在宅療養支援で私たちができること…鉄穴口麻里子
14.赤いハイヒール…徳永瑞子
15.生活臨床とは、ともにある医療―患者さんの五感とともにいて…堂園晴彦
16.家へ帰ってみる…山口弘美
17.「よりどころ」を支える…栗原幸江
18.雲に人生を見る…倉嶋 厚
19.風と光と家族の中で…髙橋昭彦
20.地域の中で穏やかに生き,逝く時―やり残したことの支援はちょこっとの看護介入で…板谷裕美
21.生活と手のひら―暮らしの中のリンパ浮腫ケア…佐藤佳代子
22.生活がもたらすもの…射場典子
23.カルテから生活・人生が見えるか?―選択的緩和ケアから包括的緩和ケアへ…二ノ坂保喜
24.八重桜の庭…青木和惠
25.病める人の最後の願い…沼野尚美
26.病気が引き出す生きる力…岩崎順子
27.人生の終末は生活の場で…山崎章郎
28.日常生活と臨床宗教…大下大圓
29.重症心身障害児・者の緩和ケア…片山雅博
30.手作り布団のこと…姫村久子
31.生活の中の死を考える…村瀬孝生
32.暮らしの中で死に逝くこと…市原美穂
33.闘病記から見る生活臨床―崖っぷちの読書とユーモア…星野史雄
34.「自分らしく」をつらぬく―若いがん患者の在宅緩和ケアに学ぶ…秋山正子
35.私はコニャックがいい…辰巳芳子
第Ⅲ章 生活を通していのちを見つめる
1.〈インタビュー〉いのちは死なない―俳句を通して見る生と死…金子兜太
2.〈対談〉生活臨床と緩和ケア―人にとって日常生活とは何か…村瀨嘉代子×徳永 進